不肖、芳春!
 日々これよき日を念じ生きてゆこうと思う。  その軌跡を記事にしておこうと思う。

日本のせいだ

『韓国人による北韓論』(シンシアリー著 扶桑新書)で「南北分断は日本のせいだ」とする主張は、韓国の「公式」のものです。」(57頁参照)とある。
 そして「この状態で、「反共」が「反日」の解決策になるなど、ありえません。」と韓国人著者は断言している。それを次に、
「反共の反目勢力となる「左派」勢力(範囲を絞るならそのなかでも従北勢力)が明らかに存在しており、右派政権が何かの失政で支持を失ったとすると、その失った部分を彼らが「取ってしまう」からです。
 特に「反共」と「従北」のよう対極の力がふつかっている場合は、失った部分を取り返すのは容易でありません。「オセロ」のようなものです。
 実例として、左派政権の時に教育を受けた世代は、それまでの世代に比べて反共意識が弱いのですが、政権が変わって社会が右寄りになっても、彼らの存在が韓国から消えるわけではありません。
 でも「反日」は違います。弱まっても一時的なもので、その勢力が「なくなる」ことはありません。すでにボード上のすべての駒が黒くなっているので、どうしようもありません。
 何かのきっかけで反日が弱まっても、その空白を狙って取って代わる反対勢力、俗に言う「親日勢力」が存在しない、いや「存在できない」からです。
 簡単に言うと、「反共か、そうでないか」は、時期によるものの、韓国人にとって「選択」です。しかし、反日には、「それ以外の選択は」存在しません。
 抗日組織の継承を正当性とする韓国という国が「韓国として」存在する限り、反日は変わりません。・・・すでに韓国人にとって反日は「誰かのせい」にできないものであり、韓国人の誰もが背負うべき連帯責任です。いつか韓国語で言う「業報(オッポ。悪しき行いに対する報い)を受けることになるでしょう。・・・」

 これで分かったことだが、きな臭い北朝鮮有事論酣のいま、政府・与党は「この緊急時駐韓大使をいかに、いつごろ帰任させるか」論議しているようだが、「韓国の世論は慰安婦像撤去なんてハナから考えてないし、反日清算なんてとんでもないこと、何百年経とうが忘れるものかとの韓国人の思いは不変。そうである限りそんな論議は無用。このまま放りぱなしにするしか策はない」と思うが・・。

 ・・・春霞黄砂まじりて薄緑・・・

category 俳句  /  2017年 03月 16日 21:27  | Comments ( 0 ) | Trackback ( 0 )

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