不肖、芳春!
 日々これよき日を念じ生きてゆこうと思う。  その軌跡を記事にしておこうと思う。

夢の中

 古来夢見心地という言葉がある。その意は「夢のようなうっとりとした気持ち」をいうらしい。
 いままでそんな気分に浸った記憶はないし、それに加えあまり経験したことないのだがフルカラー、つまり天然色の美しい夢を見たことも珍しい。ところが、久しぶりにそんな経験を味わった。
 人生も晩年のいまわが身体は思うまま自由気ままおいそれと外歩きするのも億劫な日常だ。
 だが夢の中だけは気分おもむくままあちらこちらゆけるのはなんとも有難い。昨夜の夢はその典型だった。
 そんな夢をみた朝は起床後も記憶に残り「ああ、きょうはいい夢をみたなぁー」となんとも云えない気分で一日中体調までよくなったように感じるのも妙。
 さて昨夜の夢というのは、澄みきったきれいな水流、水草そよぐのもはっきり見える小川沿い、舗装されてないがすっきりした土道で道端には緑濃い雑草が生え揃えるも印象的。
 そんな小道をすたすたと歩いている自分、夢の中ゆえその姿が客観的に見える。
 すこしゆくと和風の瓦ふき建物があってそこに入ると場面は一変。
 壁一面大きな絵画が横並びに数点。それらはすべて田園風景を描いた油画で緑、青、それにオレンジ色まじえ色彩も鮮やか。画中に溶け込みそうな感じ。
 私はあまり絵画に関心もたないが、その絵画を前に「これは美しい!」とうっとりする自分の姿を客観的に観察するのも夢なればこそ。夢の中で自己分析するのも妙だがそれがなんとも快く夢覚めた後、
「なんであんな夢をみたのだろうか?」と感じた。
 思えばとりとめないが、わが半生、かような風流心なんぞ置き忘れ時を過ごしたようにも覺える。
 ふり返れば80有余年生きてきた道筋のどこかで味わった記憶が頭脳の隅に残っていて、いま突然それが夢のなかで復活したのだろうか。
 現実に返れば足元覚束なくふらふら。傍らのなにかに縋らなければままならない身。しかしながらその日は一日中夢見心地を反芻した。

 ・・・春近し庭草眺め深き息・・・

category 俳句  /  2017年 03月 09日 12:20  | Comments ( 0 ) | Trackback ( 0 )

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