不肖、芳春!
 日々これよき日を念じ生きてゆこうと思う。  その軌跡を記事にしておこうと思う。

或る残暑見舞

 十年前同じ職場にいた女性から残暑見舞を頂戴した。
「たいへんごぶさたしておりますが・・」にはじまって近況が語られていたが、この三月公立の女性センターを退職、四月に独立し念願だった心理カウンセラーの仕事に専念しているという知らせだった。
 かっての職場でだれからも愛されていた心やさしい彼女が、十年の後、生涯活動できる適職を得たことをなによりも喜こび今後の活躍を期待している。
 二年前の夏彼女のお父さんが職場で急逝された。まだまだ働き盛りで、後に残されたお祖母さんやお母さんそれに彼女の胸中は如何ばかりかとお悔やみ申しあげたが、残暑見舞の葉書にあるホームページにアクセスしてみると、亡父への想いを綴った彼女の文章がそこにあった。
「 8月5日は、父の三回忌だった。
父が亡くなって2年経った。今でも、父のことを思うと目頭が熱くなる。父のいない生活には慣れたけど、まだ父の死を受け入れられずにいるところもある。
 あの日、いつものように「いってきます」と仕事に出かけ、帰らぬ人になった。心筋梗塞だった。
 人って、こんなにあっけなく亡くなるものなんだなぁ・・・どんなに願っても切に思っても、もう生き返ることはないんだなぁ・・・
とつくづく思って、私も自分の命をその瞬間瞬間を大切に、オモイッキリ生ききろうと決心した。なのに、時間が経つにつれ、そのことを忘れている時がある。今でなくても今度でいいやと思ったり、自分の今の存在を味わいきれてなかったり、ただ生きていることへの感謝の気持ちを忘れていたり、そしてまわりの人に対しても、かけがえのない今をご一緒していることへの喜びを感じきれてなかったり・・・イタタタタである。
 父への想いも、自分への想いも、時が経っても変わらずにあるものと、時が経つにつれ変化していくものがある。どちらも大切にしていきたい。
 父が亡くなってからの方が、私は父と会話する時間が増えた。たとえ父の姿形がなくても、たしかに父は私の中に存在している。‘人の存在’というものは、その人が生きているとかいないとか、そばにいるとかいないとか、そういう次元を超えたものなのかもしれないとふと思う。(2006年8月5日土曜日)」


 一文を読み、「ずいぶん成長されたんだなぁ・・」と実感した。
 彼女の幸せを祈ってやまない。

 ・・・迎火に亡父の笑顔浮びけり・・・

category 俳句  /  2006年 08月 30日 08:57  | Comments ( 1 ) | Trackback ( 0 )

コメント

芳春さま
私のことをブログに記載してくださり、ありがとうございますm(_ _)m
読んでいて、涙が溢れてきました。言葉では伝えきれない感謝があります。長い年月、ずっとお見守りくださり、本当にありがとうございます。
まだまだこれからの私ですが、皆さまのご厚情に感謝し、自分を活かして誠実にやっていきます。
芳春さまもどうぞお身体をご自愛くださいね。
山本美保

投稿者 :  Newとらる co.  /  2006年 08月 31日 11:42

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