不肖、芳春!
 日々これよき日を念じ生きてゆこうと思う。  その軌跡を記事にしておこうと思う。

須磨の浦

 敗戦後数年未だ世間が騒々しい頃、初めての県外への旅、四国から連絡船・汽車で夜行の関西旅行だった。
 小っぽけな田舎町で育ち県外には一度も出たことない者にとって、全てが目新しく物珍しく日常感忘れる旅を経験した。
 そのとき須磨で海水浴したが浜の砂が灰茶色なのにまず驚いた。惺い土佐の浜の砂の色と異なり、地勢変わればこうなるのかと感心したことを覚えている。
 それから数年後再び神戸に来て、縁あり神戸に住み始め60有余年、いまはすっかり神戸人に成りきった。
 歴史古い京都、大阪と異なり神戸はアッケラカンとした都会で何処生まれであろうと住めば神戸っ子という感覚がある。とても住みやすくそんなせいか気楽なのがなんとも捨て難い。

 さて須磨の話題だが、先日書店で陳舜臣著『神戸ものがたり』(神戸新聞総合出版センター発行)をみかけたので買って帰り、閑にまかせぼつぼつ読んでいると、105頁に「二つの海」とあり「・・神戸の海、港湾とそうでない海にわかれる。・・」とあってその一つとして須磨に触れていた。
 そのなかに「嬉しさに涼しさに須磨の恋しさに〜正岡子規・・暁や白帆すぎゆく蚊帳の外・・月を思ひ人を思ひて須磨にあり ことづてよ須磨の浦わに昼寝すと・・」と子規の句が紹介されていたが、更に「こんなによい月をひとりで見て寝る という尾崎放哉の句碑・・」また「・・春の海ひねもすのたりのたり哉 これは蕪村が須磨でつくった有名な句である。」とあるのを読んで思わずも頷いた。
 続けて「見渡せばながむれば須磨の秋 かたつぶり角ふりわけよ須磨明石 月見ても物たらはずや須磨の夏 以上の三句は芭蕉。・・」と記されているのを読んで今更ながら俳句の世界でも須磨は有名なのを知った。
 拙いながら発句楽しむ老輩にとって須磨に関わる俳句はとくに関心ありなんとも貴重な話題と思った。
 
 個人的凡俗すぎる話だが、学生時代の友人のひとり、彼は生粋の神戸っ子だが、当時一緒に須磨の海浜に出かけたことがある。
 そのときのこと、田舎者の私には初見の物珍しい一人乗りヨットを操縦し、すいすい沖合いに出た彼がしばらく戻らず心配していたら、何事ない顔つきで逆風つき同じ地点に返ってくるのに驚いた。
 それから数年後の夏だったか同じ須磨海浜で彼が連れのガールフレンドとふたりっきりでゴム浮輪つかまりのんびり沖合いで楽しそうに浮んでいる光景を羨しげ眺めた思い出などいっぱい!
 須磨はなにかにつけいまもって愛着深く懐かしい。

 ・・・夏来れば思ひ懐かし須磨の浜・・・

category 俳句  /  2017年 06月 08日 12:25  | Comments ( 0 ) | Trackback ( 0 )

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