不肖、芳春!
 日々これよき日を念じ生きてゆこうと思う。  その軌跡を記事にしておこうと思う。

或る随筆から

 最近頓に体力・気力弱まったせいか何事しても長続きしない。これ、80歳後半ともなれば誰しも経験することだと思うが、加齢のせいとすれば止めようがないと自分自身に言い聞かせ諦めている。
 なんといっても壮年の頃盛んだった読書欲が薄れてきたことが一番のショックだ。
 そういうことだが体調幾分よき朝一念発起し書棚覘きそこらを目で追い中から一冊取り出してはしばしページめくったりする。
 今朝もそういう次第で取り出したのは『死との対面・瞬間を生きる』という安岡章太郎著、厚表紙の新書版、光文社刊の一冊。

 どうせ全頁読みとおす根気続かずと最初から諦め、ところどころ拾い読みすると、同書96頁に「生きている限り満足感がある」という一節があった。
 そして冒頭に「孤独とは、つまり歳とって周囲に同じ年頃の者が少なくなり、話し相手もいなくなるといったことだろう。しかしもっと端的に言うと、自分自身が内面から痩せて希薄になってくるのを自覚させられることではないか―」と記されているのに思わず頷いた。
 そこで読み進めたが「どんな人だって、そういう自己認識はあるはずで、ああ、自分はこういうものか、と思うことがあるではないだろうか。自分は何のために生きているのか、と考える場合もあるだろうし、自分はどういう人間だろう、と考えるときもあるだろう。・・」
 という件に至り、人間誰しも程度の差こそあれ歳とれば自分自身生きてきた過去を振り返りいまの境遇、余生短い今後を思うのは当然かと実感した。

 ・・・冬近き台風なれば風も吼え・・・

category 俳句  /  2017年 10月 27日 10:56  | Comments ( 0 ) | Trackback ( 0 )

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