不肖、芳春!
 日々これよき日を念じ生きてゆこうと思う。  その軌跡を記事にしておこうと思う。

冬至

 ことしの冬至は12月22日 今日だったのに夕飯どきになって初めてその話題。
「今日が一年中でいちばん陽が短い日やったんや、これからだんだん陽が長くなるなー」という私に、
「ああそうや、カボチャ食べるの忘れてたわ」と家内が応じる。そして、
「2日前食べたカボチャがその前祝・・」と付け足した。
 さて、冬至は二十四節季の一つで一年中で最も昼が短い日。また、紀元前の中国では冬至の日を冬休みとし皆が体を休める日となったのが起源と言われている。そして滋養のある食物を摂り養生して過ごしたのが、現在の冬至の由来になっているのだそうだ。
 それが続きで、『ん』がつく野菜や果物食べれば縁起がいいとか。
「カボチャでなくても蓮根や大根を食べればいいのや、果物だったら蜜柑やリンゴや」とつぶやきその夜を過ごす。

 まぁ、縁起物としてカボチャを食べたり柚子の湯に入るのもその類に属するかと思うが、なにせ昼が長くなるのは楽しみで、このところ寝つき悪く夜長が悩みの種なので、朝明けが早くなるのは嬉しい限り。

  ・・・夜長し眠れぬままに冬至かな・・・

category 俳句  |  2017年 12月 22日 21:48  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

指宿から別府に

 指宿を出発、国道226号線を北上、指宿スカイラインを経由し九州自動車道に入る。
 鹿児島ICから熊本ICまではおよそ176キロ。途中SA毎に休憩しながら3時間余りかかった。
 道中降り続く雨に煙って楽しみにしていた山の紅葉をまま垣間見る程度だったのは残念至極。
 熊本ICで一般道に下り国道57号線を東に向かい、そこから国道212号線の道を選び大分自動車道九重ICを目途に北上する。
 この街道、阿蘇の秋景色が楽しみだったが生憎天気悪く濃霧が深くて視界きわめて不良、安全運転でのろのろ走行。ようやく小雨になりかけたときは既に九重だった。
 九重ICから別府ICまでは自動車道を37キロ。途中別府湾SAで休憩、1時間余で別府市内の宿に着く。

 別府温泉は町中に源泉が2848ヶ所あって湧出量は日本一。宿は別府鉄輪温泉「さくら亭」、別府湾を遠望する山腹にあり眺めが素晴らしく、遠く高崎山を背景に町全体白い湯煙で霞んでみえた。
 ここ九州別府と四国道後、二つの温泉は家内お気に入り。
 湯治の効というか持病の足腰の痛み去り熟睡でき快適に起きられるという。そんな次第で彼女は上機嫌。
 すっきりと落ち着いた和室だったがベランダに木風呂があり、自由気儘に湯に浸り暗夜きらめく電光や白煙を眺めればまったく飽きることがない。

 私は前日指宿の温泉が効きすぎて湯あたり気味だったので当夜は用心しながらぬるめの湯にゆっくり浸かり町の灯を眺める。(2011年11月14日記)

 ・・・湯気透し煌く夜景秋の宵・・

category 俳句  |  2017年 12月 18日 11:17  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

冬柿雑感

 婿殿が親戚で頂戴したとか、小粒の甘柿を数個届けてくれた。
 見れば見るほど可愛いげな柿、さっそく皮をむき口にすると仄かに甘く天然の味香る。
 そして幼いころの思い出蘇える。

 母が生存していたから7、8歳ごろだったと思う。秋日の午後父方の祖父の家の縁側に坐わって小粒の田舎柿をかじったこと。
 祖父は若い頃は百姓で屈強だったが土佐人に多い酒飲み、磯釣りの魚をアテによく酒をたしなみ、老いても飲み方に変わりなかった。
 それに反し父は大の酒嫌い、わが家では酒がご法度、そんな事情から父に内緒、母がこっそり磯魚を煮付け、よく祖父に届けていた。
 その使いにと母にいわれ煮魚を提げ祖父の家に行ったが当時独り住まいの不機嫌顔、それが嫌で敬遠していたのにそんなときは常になく上機嫌、内心ほっとしていると、祖父はノコノコと家の裏の畑にいってそこに植えてる柿の木に成っている熟れた柿を数個ちぎり、
「ほらっ、この柿は甘いぞ」と手渡してくれたこと。
 甘さ薄く大きな種が多くかじるたび吐き出すのが癪だったが、当時は甘いものがだんだん少なくなる日中戦争酣の頃、その甘さがなんとも云えず快かった。
 今日この頃は柿もブランド化し「種なし富有柿」とか、高値で珍重されてるが、振り返ればむかし食べた天然自然物、そこいらの庭先や畑に植えている小さな甘柿の思い出は忘れ難い。
 そんなことで婿殿が届けてくれた柿にその面影重なり久し振りに往時の楽しかったことが思い出された。

 ・・・柿右衛門山端(は)の夕日柿の色・・・

category 俳句  |  2017年 12月 14日 11:45  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

ことしのルミナリエ

 先夕のテレビ・ニュースをみた家内の話では、「去年よりも暖かい色でとてもきれいだ」とのこと「足元が丈夫だったら見に行くのに」と呟いていたが、私は例年のこととてさほど深い関心はなかった。
 ところが勤め帰りの途中、東遊園地に立ち寄ったとか、娘からメールとともに回廊の写真が送られてきた。

 見るとなるほど家内の言葉どおりで去年のLEDが青色強くなんとなく冷たい感じだったのに比べ、多色揃ってほっとするような暖かさ。

 神戸新聞12月9日朝刊1面に掲載された上の写真でもそんな感じが色よく写っている。
 23回目のことしのテーマは「未来への眼差し」美しい光を瞳に映して未来を見つめるとの思いが込められているとか。
その記事で「・・・神戸市中央区の旧外国人居留地と東遊園地で開幕した。居留地の作品は3年ぶりに80メートル延び、全長270メートルに戻った。東遊園地に回廊型の作品「ガレリア」も設置され、過去最高となる約40万個の発光ダイオード(LED)が鎮魂の光を放った」と報じ「初日はあいにくの雨となったが約21万6千人が訪れた」という。
 阪神・淡路大震災の犠牲者を追悼し、記憶を次代につなぐ「神戸ルミナリエ」今後もずっと続くことを祈念。
  ・・・暗黒の闇に鮮やかルミナリエ・・・

 


category 俳句  |  2017年 12月 11日 14:34  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

独りで慨嘆

 かって森総理大臣がアメリカ大統領に初めてあったとき、「ハウアーユー」の意味こめ思わず「フーアーユー」と言ったという記事を当時新聞で知って「なんだ!早大卒でこの程度か、総理大臣なんて軽い軽い」と苦笑した。
 ところで神戸新聞先日のコラムにその話題、
『かって日本の首相がクリントン米大統領に会ったとき「ハウアーユー?(お元気ですか)」と聞くところを間違って尋ねた。「フーアーユー?(誰だ?)」◆相手の冗談だと考えた大統領もユーモアで返した。「ヒラリーの夫です」。ところが首相は英会話の定番どおり「あなたもお元気?」と返されたものだと思い込む。答えていわく「ミーツー(もちろん私も)」・・・』と続いていた。
「それ、ホントの話?」とも思うがそれにしてもその頃は「天下太平ノンキな世の中だったなぁ」と今にして思う。
 現状の日本、お隣の厄介事に悩まされ「やれ!軍事費が必要」と財政まさに逼迫の状態。ぜったい多数の与党勢力下といえども昔とは異なり一般大衆の眼はするどい。
 現総理の肩の荷は重いが、彼はかっての森元総理の派閥とあれば、まぁー昔の尻拭いと諦め頑張ってもらわねばなるまい。
 さて世情の数年先、どうなっているのやら、戦争でも起これば森元総理出しゃばる東京オリンピックなんて吹っとんでしまうだろうし、それまでに西日本一帯大地震や津波に襲われたら国土悲惨、まさに鳴き面に蜂となるか。
 そんな皮肉な思いこめ年末のひととき過ごしているが、さて?この先どうなることやら。

 ・・・北国の雪を画面に熱茶かな・・・

category 俳句  |  2017年 12月 07日 10:40  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

新語御免!

 病院で診察待つ間、売店で毎日新聞を買い求め座席に坐り「さてっ」とページ開くと総合2面の下部に視線釘づけ。
 そこには紙面3分の1大で岩波書店刊『広辞苑』第7版の予約募集案内。
「ことばは、自由だ。」と「1万項目新収」と記したPR。 そしていわく、
キーマカレーリスペクトする天才肌も、スマホ片手既読 スルー小悪魔のりのりツイートするビッグマウスも、がっつり デトックスすることばのパワースポットIPS細胞どっきりヘイトスピーチ群淘汰ブレーン宇宙論スピンオフラミダス猿人さえ惚れ直す、これが殿堂入りグランドデザイン 広辞苑第7版、新発売」
 この文章を読み「いったい全体なにを云わんとしているのか」首をかしげた。
 単語だけなら10単語は理解できるがなにせ構成する文の意味が全く理解できないのだ。
 出版界で正統自認の岩波書店が世に問う辞典の新語として登載というのだ。
 つまり現今この文意が解らぬようでは意思疎通は無理ということか。
 そういうことならわが知能の限界もこれまで。もう新語覚えるのは真っ平御免という気になった。

  ・・・紅葉落ち春待つ風情雲白し・・・

category 俳句  |  2017年 12月 05日 12:27  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

ほっと一息

 11月も後数日の夕べ、「ああー、明日の朝食の食パンがないわ」とつぶやく家内に「しょうがない、和食でいいわ」と返事したものの、朝食といえば欠がさず牛乳、バナナ、蜂蜜・大豆粉入りヨーグルトそれに食パンと決めている日々だけに少々物足りない感じ。
 そんな一刻、職場から帰途中の車内からの娘のメール届く。私より先それをみた彼女、
「お父さん、あんたの好きなパンを買ってきてくれるらしいよ」と陽気な声。そのメールには、
「ジャンボフランスパンを買ったので、明朝、食器を返す時に、お届けします」とあった。
「これで大助かりや」とほっと一息の私に家内は「あんたの思うことがよう通じあうんやねー」と茶々いれ、これまでも時々こんなことあったんで「以心伝心や」とひやかす。
 そこで気分も軽く直々携帯をとりメールの続き読むと、
「追伸」とあって「 写真は、阪神三宮駅の改札前です」と記した写真がついている。
 ジャンボフランスパンとは三宮そごうのドンクで焼き上げた独特の食パンでそれをわざわざ買いに行った際、駅の窓際に飾っているクリスマス・デコレーションを写したらしい。

 それを一瞥し「ああー、もうクリスマスか」と思う。振り返ればこの1年、「なんと短かったんや」の思い深し。

  ・・・この1年あっというまの師走かな・・・

category 俳句  |  2017年 12月 01日 09:50  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

旬采そば「多左エ門」

 越前三國にゆく途中昼食をとろうとわざわざ自動車道を下り篠山の町はずれにあるユニークな蕎麦屋に寄った。

 外観はいかにも田舎の蕎麦屋風の家構えだったが一歩中に入ると高天井で床は広くちょっとした音楽施設のよう。片隅には演奏台がありジャズを奏でる設備が整っている。

 どうみても単なる蕎麦屋とは思えない。どことなくクラシック調の室内、市街でよくみかけるモダーンな茶房を彷彿させる。
 そんな雰囲気のなかジャズ流れる室内で食した石臼手碾十割そばは細切り極める繊細なそばでつけ汁の味もよく至極満足した。
 店の案内によれば、毎月第4土曜日午後6時からジャズライブが開催されるとある。
 夏など避暑よけにここで夕涼みがてらそばを啜りジャズを聴いたら「さぞや・・」と思うが、何分神戸市内からかなり遠く「もうすこし近ければなぁ」と思う。(2015年5月16日記)

 ・・・涼風のなかジャズ耳に蕎麦啜る・・・

category 俳句  |  2017年 11月 27日 10:25  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

夢の続き

 一昨日の夜明け方奇妙な夢を見た。
 神戸市内どこかの大通りをひとり歩いていると、先方から大勢の人々がこちらに向かってやってくる。

 その中からいかにも大阪のおばちゃん風の女性が近づいてきてパンフレットらしきものを私に無理やり手渡した。
 先方がなにやら喋ってるが、感じからしてどうも自分好みでない宗教入信の勧誘だ。パンフレットを突き返せばその集団に危害加えられる感じだったので止むを得ずそれを受け取りその場から逃れようとするところで目が覚めた。
 確かめると午前3時過ぎで常なら小用足すころ、そのせいかと思いその日はそのまま何の気もなく過ごした。
 ところが不思議なことに昨夜再び夢をみたが、それが前夜に続くシーンだった。
 こんどはその宗教に反対する中年男性が近づいてきてこれまたパンフレットを私に差し出す。
 夢の中ゆえ読まずともわかり、前夜の集団が信教の自由に制約加える団体で怪しからんと男性が小声でわが耳にささやく。
 ここで前夜現れたあのおばちゃんが再び出現し怖い顔で怒鳴り出した。背後にはその集団がいっぱい。
 その形相におののいてあわてて男性くれたパンフレットをわがポケットにしまい込む。
 しっこく付きまとうおばちゃんは離れない。それが夢だとわかっているだけに「早く目覚めねば」と焦りに焦るところで目が覚めた。

 起床早々、夢の続きを連夜みたことを家内に告げると、
「あんた、明け方になにやらぶつぶつ声を出していたよ。なにかわからんけど」といって、きっとうなされてたのだという。
 いままで、同じ人物が二夜連続出現する夢なんて体験したことないだけに、狐に騙されたようなケッタイな気分になった。
 縁起のいい夢ならいいがこんな夢なんて真っ平御免の心境だ。

 ・・・足冷えて眠れぬままの長夜かな・・・

category 俳句  |  2017年 11月 24日 11:38  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

休暇村紀州加太

 米寿迎える誕生祝いというわけで7.8年ぶり和歌山の休暇村紀州加太に1泊の旅。日曜日朝自宅を出発したが、その日は神戸マラソンが実施されるということで神戸市内東西間を通過する車は制約されたが、その混雑を避けるため距離、時間に少々ロスするが中国自動車道を利用することにし近畿自動車道を経由、目的地近く岸和田SAでひとまず休憩。
 その後少し行って一般道に下るべきところ、搭載のナビゲーションに狂いあって下りるICを行き過ぎてしまい、そんなことで予定より遅く午後4時半過ぎ宿舎に到着した。
 さて、休暇村紀州加太は最近リニューアルしたらしく新設の洋間に落ち着いた。広い部屋でトイレ、洗面所、風呂ともに別々の快適な造り、オーシャンビューの部屋。

 窓外望むと折から落日の景、近く友ケ島はさみ右は大阪湾、左は太平洋と紀淡海峡真正面、遠く真向いに淡路島がくっきり浮かび、その日は好天で空気澄み渡り四国徳島まで霞んで眺められた。
 そうして夕食に向ったが、冬のAOI―葵―という会席料理。先付は焼茄子・生湯葉しょうが醤油がけ、造りは鯛、生鮪、間八、太刀魚、平貝、ウニ、さよりの昆布〆の7点盛り、鍋物は熊野牛のしゃぶしゃぶ、揚物としてメバル天ぷらの栗あんかけ、蒸物は松茸の茶碗蒸し、蓋物は鯛のあらだきと豪華なもので、後は鯛とむかごの釜飯でおあがりという次第。満腹満足の夜を過ごす。、
 ことし1年五体優れず好き日々とはいえなかったがなんとか生き延び再び誕生日迎えたことを良とし、旅の往復ひとりで運転してくれた娘に深謝!

  ・・・霜月の誕生祝い紅に白・・・

category 俳句  |  2017年 11月 21日 15:23  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

讃岐の根来寺

 一昔前冬近い頃香川県の五色台国民休暇村に泊ったとき、その翌朝五色台スカイライン山中の四国82番札所根香寺に立ち寄った。
 車を仁王門脇に停め前方見ると奇怪な牛鬼の像が立っていた。土地の伝説によれば、昔この近辺に出没し村人をたいそう困らせた牛鬼という怪物とか、山田某という弓の名人がこの寺の本尊に祈願、見事射止めたという怪物像で、牛鬼の角がこの寺にいまも秘蔵されているという。
 根香寺は緑樹に囲まれた清楚な寺だが、山門をくぐるとまず石段があってひとまずそこに下りそこから数十米は平坦な参道、そこからふたたび石段を上るといういわば凹形の珍しい参道である。

 本堂にはコの字形の回廊があって、中は薄暗く右回りにゆくと灯明に浮かび小さな観音像がずらり並んでいるがその数三万三千三百三十三体。
 寺の案内によれば、「本尊を刻んだ木の根がたいそういい香りなので寺号を根香寺に・・」といわれている。
 この寺の境内の五色もみじは夙に有名で一木に五色の葉が染め分けられ色づくらしい。
 訪ねたときは既に晩く見ず仕舞。いつか機会みつけ紅葉の頃に再びと思ったが望み果たせず。

 ・・・紅葉散り積る小道を寺参り・・・

category 俳句  |  2017年 11月 16日 14:14  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

犬に棒

 生来の冷え性歳とともにますます嵩じこのところの寒さ続きに足先の冷えひどく夜の眠りままならず「困ったもんじゃ」と悩んでいたが、大阪住いの次女が早々と誕生前祝にと分厚いソツクスとユニークな形の湯タンポ枕を提げてきた。
 老輩が冷え症なのをとくと承知で冬近い今、「頃はよし」との判断。
 さては先日のブログ読んだせいかとも思うが上機嫌で中身改める。

 足の冷え防ぐため寝床ではく厚め丈夫なソックスには十分満足、その後「さてつ」と取り出すはドイツ製の湯タンポ・水まくらで、これはドイツの老舗メーカーフアシー社創業来発売中のグミ・ハウスの愛称親しまれる湯袋。
 ファスナー開けると中に乳白色の袋が入っていて摂氏60度前後の湯水をいれ冷える首筋にあてれば安眠誘う算段。
 ソックスで足先を、湯タンポで首筋温めれば、血行増進、体全体ホカホカするは間違いなく、今夜から早速使おうと決めた。

 ところでその後贈物の横からぽろりと出てきたのは小っちゃな犬の木彫。よくよく見ると首筋にまいた赤色のゴム糸に挟まれた小さな紙折。
 開いてみると「2018いぬみくじ」の題目、「さては、来年の吉兇占いか」と読むと「小吉」で続きは「犬も歩けば棒に当たる」の諺、小吉とは「これいかに?」と首かしげたが、諺の説明によれば「何かをしようとすれば何かと災難に遭うこと多いという例えだが、反対に 出歩けば思わぬ幸運に出会うとの意味もある」とあった。
 歩行ままならぬきょうこの頃なれば後者の例は諦め、来年は災難避けるべくなるだけ外出を控えようと思う。
 ・・・足の冷え安眠ならぬ夜更かな・・・

category 俳句  |  2017年 11月 13日 11:23  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

庭にメジロ

 昨夜足先が冷え眠れず、旅先で頂戴した足袋を取り出し温めて再び床につく。時計が3時打つを聞いたとき再び起き用を足す。
 その後いつしか眠りについて目覚めたのは7時過ぎ、こんな朝は食事もゆっくり、新聞を読みながらコーヒーを啜っていると、とうに食事すませ窓際に立っていた家内が、
「お父さん!小鳥が来てムラサキシキブの実をつついてるよ」と小声でいう。
 狭い庭だが小さなムラサキシキブの木が一本、今秋も枝に紫の実が鈴なり、それを目当てに何処からか野鳥が来たらしい。

「可愛らしい小鳥やわ、何鳥やろ」と問いかけるのでよく見ると緑の羽毛や目元が涼しげ。
 そこで子どもの頃の記憶が蘇える。むかしハゼの実をつつく可愛いい小鳥を捉えようと夢中だったこと。
「うん、あれはな、メジロや」と断言。
 どうやら5、6羽相集いムラサキシキブの木の背後の棒樫の葉影に潜み、その1、2羽が交代でムラサキシキブの小枝に寄って実を啄んでいるようだ。庭に人の気配なしとみるやだんだん大胆になり次々枝に寄りとまって実を啄んでいる。
 その一部始終を眺め彼女、
「あーあー、きれいに成ってたのに実が全部なくなってしまうわ」と嘆きながらもメジロの所作を眺めいささか満足気。そこで、
「きれいな鳥が見られてよかったやないか」と半ばの慰め。

 ・・・めじろ来て木の実啄む庭の朝・・・

category 俳句  |  2017年 11月 09日 11:30  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

免許証返上

 齢39歳の正月はじめ自動車運転免許を取得しその後47年間自動車で全国各地を回る旅を楽しんできたが、今春突然足に異常来し、ブレーキ押す瞬間の足の運びに覚束なく、自動車事故起こす懸念がむらむら起こった。
「事故でも起こせば大変だ」と思い始めたのを機にすつぱり運転を断念することにした。
 その潔さにいつもは嫌味たっぷりの家内だが、
「あんた、他人に勧められしぶしぶやめる人が多いのに、えらく潔いねぇ」と冷やかされる始末。
 そんな次第で免許証は只の紙同然だったが有効期間きれる今秋末ひかえ免許証を返納することにし、兵庫県警別館のセンターに出頭。

 道中の車運転は娘に、日曜午後センター窓口で手続きすまし、運転経歴証明証とやら自動車運転免許に代わる証を頂戴した。
 その手続きは意外にスムースで即日交付。1000円也の兵庫県印紙を貼り申請し、もらった証を運転免許証しまってた財布の同じ個所に納め一件落着。
 なんだか心中「人生後半一区切りついた感」し、清々した気分で帰宅。

 ・・・久久や青さ身にしむ秋の空・・・

category 俳句  |  2017年 11月 06日 10:43  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

愛犬余談

 居間の棚に飾り20余年。それは老輩壮年時代飼っていた愛犬との写真。
 老年のいま眺めるとしみじみ「あの頃はよかったなぁ」という感慨が湧いてくる。

 阪神淡路大地震発生前老死したのだからそれから生存期間16年遡れば、現在からいえば遠い遠い昔のことである。
 その頃神戸・新開地のお好み焼屋で一匹の仔犬を貰い受け育てたが、雌の中型犬で毛並みや毛色はシェパードもどきだったがどう見ても多種血統交じる四国犬系の混血で、丸く大きな瞳が可愛い雑種犬だった。
 そんな犬だったが縁は不思議というか飼うほどに情うつり人・犬というより家族同様の交わり、16年間も長生きし、晩年はわが家にとって欠くべからざる存在だった。
 しかし寄る年波には克てず犬の生存期間でいえば十分過ぎる天寿だったが、いま思うには、老いた犬の憐れな姿は人間同様、「われもいつかそんな境涯に・・」と思われるほどのみじめさで、声もなく息をひきとったのである。
 愛情移れば人も犬も同然、その死後しばらくは失意感ですいぶん落ち込んだのを思い出す。
 そんな次第で古い昔のことながら思い出はいまも消えることはなく、飾棚の写真みると感慨深い。

 先日読んだ安岡章太郎の随筆『死との対面』(光文社刊)中に「僕の散歩は、犬を飼って犬のために散歩したことから始まった。・・」という一節があった。そこには、
「僕の友人に一人、老犬を愛し、その老犬と暮らすことを生き甲斐にしている男がいる。その男が言うには、老犬を養うことは孤独を学ぶことになるそうだ。なぜかと言うに・・」と続き、
「犬の一生は人間の寿命の三分の一か四分の一しかなく、犬を飼えば犬の死に立ち会うことになり、人間の死に様がどこか小賢しさを残したまま死ぬのに対して、犬は本当に生きものの哀れというものをもったまま死ぬ、人間にない美が犬にはある」と記し、
「ある日その男から手紙が来て「この頃、わが家の老犬は白内障が進んで両眼とも殆ど視力を失ってしまいました。それでも散歩に出たがりますし、どっちみち一日中、家の中に置いておくわけにはいきません。しかし、この犬のために盲導犬をつけるわけにもいきません。そこで小生は、思い切って自分自身、“盲導人”になる決心をいたし、朝、夕、犬の先導となって歩いている次第です。・・・・」と述べている。
 その随筆を読んで、「全くわが体験のひき写しではないか」と驚いた。
 愛犬の晩年もそれそっくりで、視力失い声も出なくなっていたからである。そして死んでゆく姿を見守り、犬を飼った者が誰もがいう「犬の死には二度と立ちあいたくない」という言葉が身にしみた。
 老い衰えた犬の哀れな姿、その死に様を見守る辛さは人間に相対すると同様で、身切られる思いでそんな事情ゆえ、以後再び犬を飼うことはない。
 そして老いたいま思う。「皆が元気だったあの頃がいかに幸せだったか」ということ。

・・・天空に瞬く星や犬を抱き・・・

category 俳句  |  2017年 11月 01日 14:15  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )