淡路のツボ
淡路島の穴場をマニアックに紹介するよw

神戸 の 壁


 
関西の人なら知ってますかね!?




         「神戸の壁」



そう、この壁は、あの阪神・淡路大震災の日には、神戸市長田区の路地に立っていた壁。



あの震災の時、ミーコはまだ学生。
震源地淡路で、スヤスヤとおやすみしておりました。
すると、突然。
「ドーン」って大きな音と共に、寝ている下から突きあがる 何か。
その後に、大きな横揺れが随分何度も続いて・・・
急な目覚めに、思考回路がパニック。
下から突きあがった時点で、食器棚やTV、タンス等の大型なモノも飛んだようで。
位置が大分ずれており、その後の大きな横揺れで、食器や本、タンスや棚などあらゆるものがバタバタと倒れて壊れていって・・・

本当、悪夢を見ているようでした。

因みにミーコの兄ちゃんは、前日に病院から退院したばかりで、約1週間ぶりに学校に行けると、ウキウキしながら寝ておりました。
元々頭元に置いていた本棚を足元へと模様替えをしていたので、怪我はなかったのが何よりでした。
が、兄ちゃんは本棚達がドアを塞ぎ、なかなか部屋から出て来れませんでした。
まぁ運が良かったのでしょうね。


本当、とてつもない地震だった事を、我が家の壁の亀裂が物語っていました。
が、つい最近リホームをしたので、その亀裂を見ることはもうありませんが。
唯一今は、家の柱と壁の隙間がまだ物語ってるかな。

ちなみに、この隙間から今年はとても大きなムカデさんが睡眠中のミーコを幾度も襲いに来ております。・゚・(ノД`)・゚・。
(隙間リホームもして欲しい今日この頃です・・・)




話をちょいと戻して・・・っと





淡路は震源地でしたが、火災が起きなかったのが救いでしたが、
長田町は、火災が激しく、コノ震災で1番の被災地だったのではないでしょうか?

でも、その地震後の火災で周りが焼け落ちる中、コノ壁が残ったんだ。


「神戸の壁」は1927年、神戸市長田区の公営市場防火壁として造られたものなんだって。
高さ約10m、幅約17mであり、第二次大戦の空襲にも耐えて立ち続けたそうです。


すごい壁なんだよ。


でもね、災害復旧の区画整理に伴って取り壊されることとなって、保存運動が起こったんだけど、置き場所に困ってて・・・

で、そんな時に、震災の証人として壁を受け入れたのが、同じ震災を体験した淡路島の東岸にあるココだったの。



1999年2月11日、移設の式が行われ、壁は、14のブロックに分けて壁はを渡ったんだよ。
     
そして2000年1月、「しづかホール」野外ステージに震災モニュメントとして復元されて今、淡路に 【神戸の壁】があるのでした。







ココの場所は一昨日(7/17)の記事をご参照あれw




category 建造物・モニュメント  /  2006年 07月 19日 21:57  | Comments ( 2 ) | Trackback ( 0 )

コメント

本当、凄かったですよ。余震も結構続いて怖かったですよね。一応その日も、学校に行きましたけど・・・。
でもココだけの話、実は兄ちゃんはカナリの鈍感で、アノ凄い地震でもボーっとしてました(普通の震度2では起きない人です)幸せ者ですねf^^;

投稿者 :  ミーコ  /  2006年 07月 22日 01:48

そんな壁あるの知らなかった〜

震災を淡路で体験したんだったら凄かったろうな。。。

俺は大阪だったから直接被害は、ほぼなかったけど、

社会人なりたてで、丁度一月から一人暮らし始めるって

部屋を契約してたんで、震災後すぐ一人暮らし始めたんだけど

毎日のように余震があって怖かったよ(;¬∀¬)ハハハ…

で、外壁に亀裂が入っててそこから雨が浸みて雨漏りしてたっけな〜。。。

ま、その程度ですんでよかったけど。。。

投稿者 :  シャー  /  2006年 07月 21日 11:35

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