健康長壽のみなもとは…
園蔬と戯れ和食の原点とも言える蔬食を楽しむありふれた田舎の生活

宝物

大阪・日生球場の北隣りのナイターの明かりが部屋に入る廃業した小料理屋の二階の六畳間に見知らぬ人との相部屋で下宿していた、1961年5月13日に大阪・日本橋の電気街で、13,600円で買ったリモコン付き三菱電機製の『30cmお座敷扇G』(型名R−30G)が、その後、

(1)松下電器本社から京阪電車本線を挟んだ向かい側にあった下宿屋「一平荘」の三畳の間、

(2)京阪電車・門真駅南口近くのアパート「門真荘」の四畳半の一間、

(3)東京に布団袋と座敷机と扇風機を送り込んで一夜を過ごした、東大の向かい側・泰明館(文京区小石川六丁目)、

(4)東京・中央線西荻窪駅北口近くのアパートを借り上げた3畳・六畳・トイレ付きの2K一間に三人で住んだ「社員寮」の一間、

(ここころは、まだ、一人あたり畳三枚、が相場だったようです)

(5)東京・中央線吉祥寺駅北口近くの元・横河電機の借り上げ社員寮だった、アパートの住民の女の子が洗濯した後でも使える二層式電気洗濯機が2台備えてあったアパート「千草荘」の六畳の1Kの一間、

(やっと、自力で、畳6枚の部屋に住むことが出来ました。)

(6)村上龍の芥川賞受賞作品「限りなく透明に近いブルー」の舞台となった東京・青梅線福生駅で、ベトナム戦争で活躍した大型の軍用機・ギャラクシーを目の当たりに見ることが出来た、米軍横田基地の近くにある東京都住宅供給公社のベランダから裏富士を見ることが出来た五階の2DKの福生団地の一戸、
(建築基準法では五階建て以下ではエレベータの設置義務がなかったそうです)

(7)そして、現在住んでいる生まれ故郷の田舎の家。

と、7回の引越しを経て今も尚、大活躍している、当時、珍しいリモコン付きの三菱お座敷扇風機です。

お座敷扇ですから、高さを調節できるし、その上、当時珍しい、2mほどの延長コードのリモコン付きです。

このとおり、半世紀を経過しても、まだまだ元気に活躍中です。




勿論、お手入れは清掃のほか、機械油やグリースの注油は欠かしていません。

延長コード2mのための本体裏側のリモコンコンセントです。



本体裏側の名板とブロック図です。

上部の手書きの「1513」は購入日付で1961年5月13日のことです。

もう一つの下部の手書きの「14x0.9x1000」は購入金額で1万4千円の1割引きだったので、13,600円で買ったことを表しています。



最近は、寿命の短いものが多くなりましたね。

14,000円といえば、当時の給料の一ヶ月分だったんですが、ねぇ〜。

今では、『物を大切に』と言う言葉は、死語なんでしょうか?

経済成長の裏には、『ゴミの山』は仕方の無いことでしょうか?

この扇風機を使うたびに、考えさせられます。

category 日々つれずれなるままに  /  2014年 08月 27日 20:39  | Comments ( 0 ) | Trackback ( 0 )

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