健康長壽のみなもとは…
園蔬と戯れ和食の原点とも言える蔬食を楽しむありふれた田舎の生活

先人の知恵 岩津ねぎ考

某日の日本経済新聞44面文化欄に、こんな記事が載っていました。

【1807年(文化4年)の旧暦7月、オホーツク海に面した北海道斜里町に北方警備のため、津軽藩士百人が派遣された。
(中略)
その年の越冬中、72人が亡くなった。
ロシア船に襲われたわけではない。寒さと栄養不足に起因する水腫病(浮腫病)が原因である。
(中略)
日記によると、厳しい寒さは想像以上で、対応できる衣類の用意は無く、寝具も不足していた。
食生活も、山菜に事欠き、口に出来るのは、船で運んできたわずかな米とミソと塩だけだった。
以下略】

一方、岩津葱販売所のパンフレットによると
【古書によると岩津葱は、となり町の生野銀山が徳川幕府直轄地として運営された頃に津村子(岩津)に佳品の根深ありときしてあります。
生野銀山隆盛の頃より、雪深い但馬の冬一番の栄養補給源としてまろやかな味を古くからはぐくまれ、先人たちにより継承された伝統的な特産品です。
(以下略)】
とあります。

これらを読んでみても、ネギは一年を通して栽培できる栄養源であり、特に寒さ厳しく雪深い冬場でも生育する、大切な栄養補給源であることが伺えます。

おそらく、せめてネギを手に入れることが出来れば、こんなに沢山の津軽藩士が亡くなることは無かっただろうことが推察出来ると思います。

今は、一年中、いろんな野菜が簡単に手に入る時代ですが、その中でも、ネギは、料理の主役ではありませんが、根菜類に負けずに保存性がよく、特に新聞紙にくるんで冷蔵庫にほぞんするよりも、プランタンの土の中のほうが新鮮で長持ちするほどです。

白い茎の部分も、青い葉の部分も、ネギ全部を無駄なく美味しく食べることの出来る岩津ねぎは、いろんな意味で、今の時代に最も適した野菜ともいえると思います。

このあたりが、家庭料理の第一人者といわれた土井勝に、「岩津ねぎは鍋料理の最も良く合うネギだ」と言わせのかも分かりません。


肉厚の白い根の部分を焼きネギにしてあつあつのまま食べると、口の中でとろけるような甘〜い独特の風味が口の中でいっぱいに広がり、幸せいっぱいの感じがしますよ。


※   ※   ※   ※   ※

野菜は、身近で採れたものがよい。
  食べ物、とくに野菜は、近くの水で育った、旬の野菜がよい。
  植物は、昼間は光合成により炭酸ガスを取り込んで酸素を出している。
  夜は、逆に、酸素を取り込んで炭酸ガスを出している。

  従って、夜の間に酸素と水分をたっぷりと取り込んだ朝露のついた、光合成を始める日の出前の新鮮な身近な野菜が一番よい、ということである。


※   ※   ※   ※   ※

 カルシウムの少ない土壌の上に住んでいる日本人は、食べ物からのカルシウム摂取量が昔から変わらないのに、外国人の食生活を真似て肉食が増え続けて、体液が酸生に傾いて高血圧症や心筋梗塞を起しやすくなってしまうことがないように心がける必要があります。
その上さらに、動脈硬化までも加わると…。

※   ※   ※   ※   ※

昼間の光合成によりたっぷりと葉緑素を含んだ青葉は血液をサラサラにする効果も大きいといわれているそうです。


青葉もおいしく食べられる太くて大きい岩津ネギは、健康にも大きな役割を果たす冬場の食物ともいえそうですね。

category 日々つれずれなるままに  /  2015年 01月 17日 11:43  | Comments ( 0 ) | Trackback ( 0 )

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