健康長壽のみなもとは…
園蔬と戯れ和食の原点とも言える蔬食を楽しむありふれた田舎の生活

猛暑.com & 立体放送

『脳みそが煮えくりかえりそうやぁ〜』

と、子供のころは、よく言ったものである。

そんな暑さの日には、学校からかえると、まっすぐに井戸に飛んで行って、急いでつるべを手繰って井戸水をくみ上げてゴクゴクと井戸桶一杯の水を飲み干していたものである。
、一リットル以上はあったであろう。

それだけの水を一気に飲み干していたのである。

それほど旨いみずであった。
冷たさのなかに甘味があって、井戸桶一杯といえば

冬は温かく夏は冷たい雪融け水の地下水であった。

そして冷たくて旨い井戸水の力を得て、一気に、スイカや茄子や胡瓜の畑の谷へ、井戸水をくみ上げては流し込んで谷に水をなみなみとため込んで、一仕事も終えるのであった。

夕方には、バケツで井戸から風呂水を汲んで運んで、薪で風呂を沸かすのが日課であった。

塾など無い時代であるが、勉学の時間が少なかったゆえに今の時代より深く勉学に集中出来たのであろうかとも思える次第である。

ラジオでのステレオ放送(立体放送)が始まったのも、この頃であった。

真空管式の5球スーパーラジオ(スーパーヘテロダイン検波)を組み立てて2台並べて、右は文化放送、左はにっぽん放送にダイアルを合わせて真中から音が聞こえるように音量を調整して聞き入ったものである。

関西では、それぞれの系列局による中継放送であった。

NHKが第一放送と第二放送を使って立体放送(ステレ放送)を始めたのはその後のことであった。

※  ※  ※  ※  ※

そして、不思議なことに、大阪難波の南街劇場で左右に赤と青の別々の色のセルロイドの眼鏡をかけて観る世界初の総天然色立体映画『戦略空軍命令』を見る機会があり、雨季の密林の中を歩く兵士姿が、画面が変わって突然、ジャングルの中から、タイマツ炎が突き出されたときには、椅子に座っている観客一同が嬌声を上げて思わず頭をのけぞらせたことがいまだに記憶に残っている。

さらにまた、その後、世界初の70nn映画『ベン・ハー』を読売新聞社の試写会で大阪OS劇場(70弍撚茲両絮農瀏があったのはは関西では大阪OS劇場だけだった)で観賞する機会をも得たのであった。

映写に先立って流れる、『ベンハー序曲』は座席の後方からも流れてくる、立体音響、所謂サラウンドに驚かされたものである。

この映画のお陰であろうか、映画音楽はシーンを思い起こせる『サントラ』版、そしてまた、シンフォニーなども、咳払いなどが聞こえる演奏会場の雰囲気を想像できる会場での録音盤が好きになった次第である。

ちなみに、ウイキペデイアによると『ベン・ハー』の東京上映は日本映画史上初の天覧上映だったそうである。
さらにちなみに、私は10円を支払って購入した往復はがきによる試写会当選試写であった。


その上また、「ライ病=ハンセン氏病患者の隔離が行われていた」ことを知ったのもこの映画であった。

映画が、私にいろんな経験を覚えさせてくれたのもこの頃であった。


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こんな十代後半の経験が、当時、大学では学べないOKITAC5090シリーズの設計・開発やOKITAC5090による世界初の音楽演奏プログラムを開発し、東京目黒碑文谷の安田信託B/Kでの演奏実演、NEAC2200シリーズモデル500なの設計・開発などという、コンピュータ実機の設計・開発に深く携わり、かつカストマ・エンジニアとして、フィール現場での幅広いユーザーとのかかわりなど、日本のコンピュータ発展の歴史の一端を担うことができたのであろうか。

そして、半世紀以上もの昔から、人間のためにではなくて、コンピュータのための冷・暖房空調の効いた恵まれた環境で快適に仕事に集中できたことを、年々厳しくなってくる猛暑の中で、思い出した次第であった。




        



category 日々つれずれなるままに  /  2016年 07月 03日 14:19  | Comments ( 0 ) | Trackback ( 0 )

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