別れそう

 半年と一ヶ月続いた彼女と別れそう。  別れる間際というのはお互い嫌なものだ。タイ料理を食べに行こうと約束してたにもかかわらずこちら側のお金がなく相手との約束を反故にしてしまった。銀行に奨学金が入金されていなくこのようなことになってしまったのだが、相手には関係のない話である。経済的なことが絡むと私の思考は一気にストップし意気消沈してしまう。常に劣等感を感じ生きてきた私にとって彼女とのデートでお金を出させないことは一つのステータスだったのだがそれが叶わないとわかるともう取り返しのつかない波が押し寄せてくる。その波には抗えずひたすら流され抵抗できないままその暗闇に佇んでしまうのだ。  そんなときにみせられる表情を彼女はどのように感じていたのであろう。勝手ながら私は自分のことで精一杯でそこまで慮ることができないのである。怪訝な表情で「喉が渇かない?」と言った彼女に対して私は頭を横に振ることだけできた。どこかに行きたいかと聞かれてもタイ料理を食べるつもりで来た二人にあてなどない。そうした時間が最早二人には苦痛なのだ。漫然と流れる時間ならお互いになすべきことをしたほうがいいとまで思っているのかもしれない。私にはバイトが彼女には友だちとの付き合いがあるのだ。そうした時間を割いてまで二人で会うことの意味を私はもっと深く考えねばならなかった。  気まずい中ドトールへ向かうことにした矢先に私の意識はもうそこにはいなかった。彼女の持っている赤いかばんに目が留まったのだ。嫌な直感である。見たことがないかばん。少し大きめのサイズでかばんの腹の部分にキルト加工のような絵の模様が何枚も施されている。絵は一つの面に合計十枚ほど縫い付けて?あって英語の単語がちりばめられていた。「そのかばん、こないだ言うてたやつ?」「そう。」と微笑をたたえながら彼女は応える。聞かなくてもいいことだと頭では考えながらも口はすでに動いていた。「買ったの?」「買ってもらった。」そう応える彼女に妙に愕然としながら私は「誰に?」と問うた。するとすかさず「内緒。」と彼女は応えた。それからは聞いても応えてくれずそのうち諦めた。自分以外の誰かに買ってもらったそのかばんを自分の目の前で掲げている彼女の真意は私には到底わからなかった。  ドトールに着き注文をする段になって私はアイスカフェオレを、彼女はアイスロイヤルミルクティーを頼んだ。品物が出てきて席に着くとそれまで歩きながらしていた湯葉の話を彼女はまだ続けていた。取り留めのない話をしている中ふと彼女は「冷製茶碗蒸しってどう思う?」と聞いてきた。私は温かいものを冷やして食べる神経がどうも理解できず「ないな。」といって嫌悪を示した。その瞬間の彼女の表情を忘れはしない。一瞬とてつもなく『引いた』のだ。それから作り笑顔で「そう。」と応えるその顔がとても哀しかった。私の口から出た言葉はもう元には戻らず空気とともに彼女の耳を刺激し拭いようもない感慨となって彼女の心へと吹き荒れたようだった。その表情がどうしても気になり、どうしたのか、何故そんなことを聞いたのかと問い質しても一向に応えない。例の作り笑顔で「あくまで一般的な意見をききたかっただけだから。」とだけ応える。私はその姿に益々嫌悪して「温かいものを冷製にするのは嫌やって言うただけやんか。」と応じると、彼女はおてのもののきょとんとした表情で「わかったから、冷製の話は置いておきましょう。」とだけ応えた。それからの時間はただ沈黙であった。時折物思いに耽っているその顔に「何考えてるん?」とたずねても「ああ、ごめん。友だちとの同窓会のこと考えてた」と、生返事だけが返ってくる。  私は耐え切れずに「カラオケでも行こうか?」と誘ってみた。彼女は一言「うん。」とだけ応えた。

category わが生涯  /  2005年 08月 10日 22:10  | Comments ( 0 ) | Trackback ( 0 )

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