ブログを本にするブログ
ブログを本にしよう。 06年12月発刊初の著書『ブログを本にする本』    本の作り方、教えます

おしらせです。

私が初めて創ったオンデマンド出版の本で
『ブログを本にする本』の原点。
『日本一のペンキ屋に贈る物語』を
アクティブ感動引越しセンターの皆さんから
読みたいとご希望を頂き、増刷することに致しました。


私と弟大典がオヤジについて綴ったブログ記述を
再編集し、オンデマンド形式で創った本です。

四6版の94ページです。

増刷するに当たって、ご希望を募ります。
もし、読んでみたいとお思いの方がいらっしゃったら
私までメッセージを下さい。

詳細をお伝えします。



私は現在JPS出版局に所属し、
そちらで今後、執筆編集活動に携わらせて頂くことになります。
この『日本一のペンキ屋に贈る物語』は
ブログ出版局さんの方で製作させて頂きました。

ですので、この本は今回限り、
現状で増刷致しませんので、
あらかじめ了承ください。


よろしくお願いします。

category ブログを本にするブロ  |  2006年 10月 31日 10:33  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

音のない世界から 『もう1組の佐藤兄弟』

日本一のペンキ屋の話はまだまだ続きます。

今日は新たな出逢いについてご紹介しましょう。



今日は田町で開かれた感動企業創造の大講演会に行きました。

福島正伸先生の講演も行われ、今回も弟大典が壇上に招かれ、
お話をさせて頂く時間を頂きました。
ありがたいことです。

お仕事でもお世話になった、アクティブ感動引越しセンターの
猪俣代表と共に、福島先生にご紹介頂きました。

ペンキ屋がお客さんと共にご紹介して頂ける。
今回のアクティブさんでわが家族がさせて頂いた仕事は、
業者とお客さんの関係を越えていると思います。
本当にありがたいです。






福島先生の講演のお時間の中で、
あるご兄弟のお話になりました。



兄、佐藤康孝さんと弟裕児さんのご兄弟です。

裕児さんは幼い頃に高熱を出し、
その時の後遺症で耳が聞こえなくなられたそうです。
重度の聴覚障害で、音が全く聞こえません。
物心つく前に障害に遭ったことが、
強いて言うなら不幸中の幸いでしょう。
音を知らずに、障害を向き合うことになったからです。


お母さんは随分苦労をされて、
裕児さんに言葉を教えました。

発音の分からないものを
音として伝えるのがどれだけ困難だったか。
とくに発音や濁音は、筆記指導では到底教えることが難しかったことでしょう。
その苦労は想像に易いことです。

お母さんの苦労の甲斐あって、
裕児さんは発話が出来るようになりました。



ただ、聞こえないのには変わりなく。


音が聞こえないながら、
裕児さんは人の話していることが分かります。

読唇術です。

人の口元を見て、発話している言葉を読み取り、
会話をされます。
しかし、発音が特殊な言葉(発音や濁音等)になると、
初対面の人では理解し難く、
康孝さんの手助けが必要になります。




壇上で裕児さんについてどう思うかと福島先生に尋ねられた康孝さんは
こう答えます。


「ノウテンキ」


弟さんの卓抜した精神力に、不可能は感じられません。

なぜなら、夢があるからです。

すでにその多くを実現しています。




弟さんはプロゴルファーです。





兼ねてからティーチングプロの資格を取るために
果敢に挑戦を続けられ、見事に実現しました。
ハンディキャップを克服されただけでなく、
裕児さんの夢はさらに実現に向けて進みます

障害者初のティーチングプロを取得し、
今度は同じように障害を持つ子供たちに
指導を始められたのです。

そして企業や教育機関向けに講演やイベントにも
積極的に応じていらっしゃいます。






裕児さんが過去に受けられた質問に
こんなものがありました。



「耳が聞こえるようになりたいですか?」



裕児さんは、満面の笑みで答えます。



「そうは思わない。」





お二人は笑顔を絶やしません。



私はお二人にお逢いした時に
その笑顔に歓迎されている気持ちになりました。
驚くほど安心している自分に気が付いたのでした。



われわれ兄弟共々、本当にお二人と仲良くなって、
今度飲みに行こうと約束までさせてしまって。




裕児さんが言ってくれた言葉。

決してスムーズではない言葉でした。
でも、嬉しかった。



「また、あいたい。」


ってね。




笑顔は十分過ぎるほど、
言葉を越えてました。

また、逢いたいです。

category ブログを本にするブロ  |  2006年 10月 30日 16:15  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

日本一のペンキ屋 『22歳、母と出逢う』

旅を始めたトシボーは全国を渡り歩く。

本土に返還される前の沖縄にも行った。
その頃沖縄に入るには、パスポートが必要だった。
高松で出逢った恩師に、東京では知らなかったペンキの知恵を教わった。
その時身に着けた技術を、山陰に持ち込んだ。
塗装業に必須の技術でありながら、
情報の遅い山陰には、トシボーが来るまでその技術がなかった。




そうして津々浦々を渡り歩いた後に、
トシボーは鳥取県に辿り着く。



鳥取県、中国山地から頭一つ出し、
富士の名を頂く伯耆富士、大山(だいせん)。
その山村のペンションに居座ることとなる。

訳などなかった。

住み込みのアルバイト。
三食布団付きの働き口は、流れ者には打って付けだった。
トシボーはペンキを離れて、
気ままな冬山暮らしを楽しんだ。





そこのペンションには、ちょうど同い年の娘が居た。
働き者の彼女は、トシボーのことを快く思えなかった。
むしろ嫌いなくらいで。
働き者のこの娘、サヨちゃんと言う。
サヨちゃんは曲がったことが嫌いで、
少し勝気な娘。

高校の時分に父親を亡くして、
母は看護婦として街に働きに出て居た。
二人の兄はそれぞれ東京と大阪に就職し、
妹は母の意思を継いで看護婦になった。

サヨちゃんは、これと言った夢もなかったが、
手に職を就ける意味で調理師免許を取った。
しかし、サヨちゃんの生家、田舎の中の更に田舎。
ド田舎の田んぼだけの村では、調理師免許を活かす場所がない。

そこで知り合いのつてで、このペンションで働いていた。



職場のペンションをリゾート地くらいに考えていたトシボーは、
ペンキのことでなければ動かない。
働かない。
東京から来た流れ者をサヨちゃんが気に入るはずがなかった。


不真面目が鼻について、腹が立って仕様がない。
どうせここに飽きたら、またどっかに行ってしまうんだろう。
疎ましくさえ感じていた。




そんな時、ペンションに一つの事が持ち上がる。



それは、サヨちゃんに持ち掛けられた縁談だった。

category 日本一のペンキ屋  |  2006年 10月 24日 13:18  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

オヤジが泣いた日

いや〜、今日も参った。


感動を頂きました。



オヤジの退院サプライズで
ムービーをアクティブ感動引越しセンターの皆さんに
創って頂いたんです。


我々息子チームも、その作戦に参加させて頂いていたはずなのに、
泣けたッス。





オヤジのムービーは、オヤジの為だけに創られたもので、
その名も『日本一のペンキ屋に贈る物語〜part2〜』

このタイトルは私が私と弟のブログを再編集して創った
今の所、世界でたった2冊の本のタイトルなんです。
そのpart2。








ビデオレターとして、アクティブの皆さんからメッセージを頂きました。

アクティブさん、お客さんなんですよ。
うちのペンキ屋の。

お客さんからメッセージをもらえるなんて。

ありがたいです。




皆さんからオヤジに頂いた温かい言葉の数々。


我々の仕事の成果を随所に散りばめて、
オヤジの好きな歌、ドリカムの『LOVE,LOVE,LOVE』をバックに、
映像を創って頂きました。




今回、オヤジに内緒で、地元の母からオヤジの若い時の写真を
送ってもらってたんです。



我々がガキの頃の写真も見れて、すごく嬉しかった。
24,5のオヤジが幼い私と弟をあやしてくれていた。





ビデオレターには、もちろん、私も大もミツもメッセージを寄せました。
各々の言葉で。


オヤジは感慨深かったろうなあ。
実は今回の上京に当たって、オヤジには少し悲しいことがあったんです。




東京はオヤジの地元、生まれ故郷。
無論、親族も居るんです。
でも、疎遠になってしまって。


この機会に、1つ上の姉にお逢うと思っていたんです。



でも、姉はそれを拒んだんですね。




オヤジの過去の失敗もあったんだけど、
会いたくないと言った類のことを言われて。
そのことをどうしてあげることも出来なかった。

今思うと、やっぱり可哀想だったと思います。

もしもそれが自分だったら、やっぱり悲しいです。



そんなこと、少しも見せないから
私はバカみたいに、気にしてないのかなって思ってました。




ムービーで私と大とミツからのコメント
嬉しかったと思う。
隣にいて顔は見えなかったけど、
静かに鼻を鳴らしてたな。




最後に、母からもメッセージをもらってたんです。
それもオヤジに内緒でね。





「おとうさん、
うちのネコ達と帰りを待っちょーよ。

早く帰って来てね。」






シンプルだけど、素敵な言葉。



ああ、もう素敵な言葉です。



帰りを待つ人の家へ帰れる。

そこがうちなんですね。







もうずっと堪えてました。



私も、隣に居る大も。






ムービーが終わった後、
オヤジは押し黙っている。

少し下を向いてね。






それが口を割ったと思ったら、



「俺、こんなん弱いんだわ。」





「ありがとうございます。」





そう言いながら、号泣して。







オヤジが泣いたことは、
今までに三回しかないです。





1度は母と別れる。


そう言われて、私と弟が引きとめた日。
十二歳の時。
ミツはまだ二歳だった。




もう1度は、オヤジが建ててくれた家が無くなる時。


「俺だってどうして言いか分からんわ!」


叫びながら泣いた時。





そして今日。



オヤジが嬉涙を流したのを、
初めて見た。






ずっと堪えてたのにね。





オヤジが「ありがとうございます」と言って泣いた。


もう無理だった。



私も大も、声を上げて泣いたよ。






ああ、こんな日が来るとはね。


思いも寄らなかったです。







今、1人でこの文章を書いてるけど、
オヤジに逢いたいと思います。
母にも逢いたいと思うし、
大にも、ミツにも逢いたい。



家族に逢いたいと思った日。




今まであんまりなかったな。





アクティブ感動引越しセンターの皆さん、
幸せを頂きました。
あまりあるほど。


ありがとうございます。

category 日本一のペンキ屋  |  2006年 10月 22日 01:23  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

オヤジ退院、『アクティブ感動引越しセンター、世界一!!!』

『日本一のペンキ屋』
続けて書きます。


この1週間、慌しくて手が付けられませんでした。
申し訳ないです。




おかげ様で、オヤジは退院しました。

御心配と御迷惑をお掛けしました。

感謝致します。

ありがとうございます。



今日は、アクティブ感動引越しセンターの皆さんに、
サプライズパーティーを開いて頂きました。



本当にサプライズの連続で、
筆舌に堪えがたい想いがします。

皆さん、ありがとうございました。



我々家族は、出来ないながら一生懸命お仕事させて頂きました。

オヤジは血を吐いて仕事をしましたが、
私をはじめ子供達は、出来る最善を尽くしたか。

いや、私1人に関して言えば、
オヤジが血の滲むような努力をしながらも
出来た全てをやったかどうか、自問する気持ちが正直否めません。

それでも、出来ることをやったと思いたいのが本意です。





我々家族を仕事を労って、あまりあるほどのものを、
アクティブ感動引越しセンターの皆さんに頂きました。




今日の席でもお話させて頂きました。




この度の仕事を通じて、私はオヤジが20年間我々兄弟を育てる為に、
仕事をして来た『塗装』『ペンキ塗り』の仕事の素晴らしさを
お客様である皆さんから教えて頂きました。




もう、ちょっと、
今、自分がやっていることを考えずには居られないです。




御多忙の中、我々家族を労うために
駆け付けて頂いた福島正伸先生、香取貴信さん、
鶴岡秀子さん、そして、この度最後まで信じて頂いた
アクティブ感動引越しセンターの代表取締役であらせられる
猪俣浩行社長。

片時も目を離さずに、信じて頂いた
渡邉輝基営業本部長様。

ありがとうございました。

恐悦です。





我々家族には、この先何が出来るか分かりませんが、
我々の営みを通じて、お伝え出来る何かがあれば、
お返し出来る何かがあれば、幸いに想います。





とにかく、皆さんとお逢い出来たこと
感謝致します。


頂いたご縁を大切に、私自身を務めて行きたいと想います。



メッセージを頂いた

恵藤さん

井之上さん

稲見さん

浜本さん

中山さん

吉田さん

森澤さん

栖原さん

山崎さん

柴田さん

塚本さん

浜田さん

築山さん




皆さん、素敵です。

この小さな心に、余りある感動を
ありがとうございます。




私が今、感じている感動は
紛れもなく皆さんから頂いたものです。



皆さんが毎朝、素晴らしい朝礼で唱和される通り、



「アクティブ最高!!」



「アクティブ最高!!」



「アクティブ最高!!」




「アクティブ世界一!!」



「世界一!!!」





あの健やかなる心の響きが、
私の小さな世界では一番になりました。



どうか、1人でも多くの人が、
素晴らしい皆さんと出逢えますように。




心からお祈りして止みません。





限られた時間を、同じ景色の中で
過ごせたことを、心の宝に致します。



ありがとうございます。

category 日本一のペンキ屋  |  2006年 10月 20日 23:05  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

日本一のペンキ屋 『15歳、旅のはじまり』

※この2〜3日は、『ブログを本にする本』は少しお休み。
私と私の家族についての手記をしたためます。


3日間の絶食は少し堪えるようで、
食欲を持て余している感じだった。

それでも朝、電話で
「とにかく寝ちょうけん、漫画も読む気にならん」
と言っていたオヤジが夕方には、
俺が訪ねた時に『あしたのジョー』のどこかのページを開いて、
本を伏せていたのには安心した。

食事は娯楽の少ない病院生活で
ささやかな愉しみなのだが。
致し方ないだろうね。


***


この手記をしたためようと思ったのには
少し訳があるのだ。

1つは自分の書いた『ブログを本にする本』の実践。

本の中で、誰にでも物語があり、
ブログを記録ツール(ログ)として扱い、
再編集して書籍にしようと綴ってる。


自分で今一度、それを実践しようと思った。
すでに1冊、俺と弟だいのブログ記述を集めて、創ってある。


それをオヤジに贈ったら、わざわざ東京まで持って来ていたりして。
実は現場のアクティブ感動引越しセンターの方にも
お貸ししてあって、増刷を頼まれていたりする。


書籍の執筆とは別に、我が家の軌跡を
これからも綴って行きたいと思ったのだ。



そしてもう1つ。

やはりオヤジのことを、多くの人に知ってもらいたい。
病がきっかけとは、自分でもあまり芳しくないけど、
ペンキの鬼、いやペンキの神様。
仕事を心から楽しむ我がオヤジ殿を
世間様にお伝えしたいと思った。

天性の職人、自分の仕事を作品と呼び、
血を吐くまで働く男。

息子ながら心配ではあるけど、
誇らしく思う次第です。
本人には言わないけど、カッコイイと思うしね。
そんなに働いたことないもの。


***


トシボー(オヤジ)は東京生まれ、東京育ち。

未だに籍を移さないから、俺も家族もみんな本籍東京。

流れ者は島根に落ち着き、その息子は東京に居る。
何だかおかしいね。

トシボーは15歳で東京を出た。
嫌になったって言ってたな。

俺は30で島根を出た。
島根を嫌にはなってないけど、
見たいものが島根にはなかった。そんな気がする。


トシボーは5人兄弟の4番目に生まれた。

生まれた家庭はややこしかった。

トシボーの母、つまり俺のばあちゃんは、
正に波乱万丈な人生を送った。
4歳の時に見た遺影の姿しか覚えていない。

まずは、ばあちゃんからだな。


ばあちゃんは山口の旧家の酒屋の出身で、
北海道の佐藤さんと結婚した。
何でそんなことになったのか、俺は良く分からない。
上のおばさんとおじさんは、佐藤さんとの間に生まれる。
佐藤さんが亡くなって満州へ。
そこで真ん中のおばさんが生まれる。
真ん中のおばさんはハーフだ。

日本に帰って来て、トシボーのオヤジ、
つまり俺のじいちゃんと出逢った。
弥太郎さん。
弥太郎さんは厳格な家の出で、弥太郎さんのオヤジ、
俺の曾じいちゃんは怖い人だったらしい。

弥太郎さんはパイロットだった。超エリートだね。

俺には色濃く弥太郎さんの血が残っている。
物書きになって作品を残したかったそうだ。
俺が書き始めた後に、その話を聞いて、
本当に嬉しくなった。

パイロットを辞めた後に、弥太郎さんはペンキ屋へ。


トシボーは勉強をしなかったから、
中学を卒業したら、そのままペンキ屋へ。
15歳からのキャリアは40年にもなるか。
ほぼ半世紀、ペンキを塗っている。



今の世の中は、およそ貧しさとはそうそう縁がない。
選ばなければ、貧しさの中に身を置くことは出来ないと思う。

トシボーの子供の頃は、選んでも貧しかった。


下町の長屋育ち。
家族は子供ばかりで、ばあちゃんは育てるのに精一杯。
弥太郎さんとばあちゃんは籍を入れてなかったから、
トシボーは私生児だった。

それでも元気に育つ。
元気過ぎるほどに育つ。

トシボーには妹もいた。下のおばさん。
2人は仲良しだったけど、弁当は2つ作ってもらえない。
トシボーは弁当を妹に持たせて、
自分は学校で水を飲んでいた。

同級生に「ご飯食べた?」って聞かれると、

「おお、腹いっぱいだ。」

いつもそう応えていた。



同級生が家に来るって言うのが、
何よりも嫌だったと言う。
うちが貧乏だと人に分かるのが嫌だった。
恥ずかしかった。

だから誰も寄せ付けなかった。

好きな子なんか出来たら、もう大変だ。
家には近づけさせられなかった。

トシボーは、貧しさが憎かったに違いない。
田園調布で暴れたとも言ってたなあ。

トシボーはやり場のない怒りや不安を抱えながら、
いたずらやケンカで生き方を模索した。
持て余した体力と精神を、建築現場にぶつけたのは
正解と言うより、むしろ自然だったのだ。


弥太郎さんの傍に居れることも、
トシボーにとっては嬉しいことだったかも知れない。
中学生で賭け事を初めて借金を作るほど手に負えなかったから、
働いてくれるのは、ばあちゃんにとっても在り難いことだった。





時勢と相俟って、トシボーは流れ者になった。
巷のヒッピーよろしく、せせこましい都会と
厄介者扱いする家族から、15歳で離れた。

category 日本一のペンキ屋  |  2006年 10月 15日 23:47  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

日本一のペンキ屋 『オヤジ殿』

※この2〜3日は、『ブログを本にする本』は少しお休み。
私と私の家族についての手記をしたためます。



部屋に入ると、オヤジは眠っていた。

寝ているとは思わなかったので、
オヤジの寝姿を見た時、
何だか覗き見をしてしまったみたいで
ちょっと嫌な気持ちになった。


起こさずにいた方がいい。

そう思ったら目を覚ました。


「おお、来たか。」


寝惚けた目が開ききるより前に、
言葉を発する。



「来たよ。大丈夫か?」



横たわったまま照れ笑いをして、



「はは、参ったよ。」


「疲れてんだよ。」


「うん、そうかもな。」


五十を超えてから随分老けたような気がする。
何だか小さくなった。オヤジ。







休憩の間に、弟だいから留守電が入っていた。


『まあ大したことじゃないけど、
オヤジが入院した。手が空いたら連絡くれ。』



入院が大したことないとはね。
大したことあるから入院したんだ。
休憩中にお昼寝しようと思ってたのに。

すぐに電話を折り返すが、繋がらない。
病室なら電話は無理か。

下の弟ミツに掛けてみる。
こっちは繋がった。



「もしもし?」



「おお」



「だいから電話もらった。大丈夫か?」



「とりあえず大丈夫だ。」



「すぐ行くわ。どこ?」



「大久保。慌てんでもいいで。
当座、頼むこともないし。」


慌てずにはいられるか。
ミツの声が落ち着き払っているものだから、
それがかえって不安にさせる。


「なんも出来んのは分かっとるわ。
すぐ行く。」



電車の乗り継ぎを調べないまま、
私は職場を離れた。
新大久保と大久保を間違えて、
余分に電車賃を払ったが、それこそ大したことじゃない。








病室にだいとミツの姿はない。
着替えを取りに宿に戻っていた。



「症状は?」

ベッドに横たわるオヤジを見たのはこれで二度目。
8年前に見た切りか。
何度もこんな景色を見ていないのは幸いだ。




「前やったヤツと一緒だ。胃潰瘍だ。
出血性の。」




「血は?」




「出たよ。
昨日はそんなことなかったのにな。
午前中気分が悪くてな。
10時頃トイレに行ったら、芳しくなくてな。

これはマズイなあと思ったら貧血起こして
横になっちょったんだわ。

そげしたら、今度はムカムカして来て、
トイレに行くの間に合わんと思ってな。
バケツを持って来させたんだ。

そこでな。」



「吐いたと。」


「おお。
周りはみんな心配しちょったけど、
俺は吐いて随分楽になったよ。
救急車の中では鼻歌だったわ。ははは。」



はははって。

オヤジは笑う。
でもその力の無さが、何だか。


参った。


血を吐くまで働くなよ。
これだ、と思ったら遠慮なしなんだから。
自分にも。

何だか労しいなあ。オヤジ。

俺、33か。
オヤジ、55。
まだ若けえよ。

こうやって、ベッドの傍らで見てると、
俺が入院した時に、親として随分心配を掛けた気持ちが分かる。
12歳の時に1ヶ月入院したな、俺。
その時オヤジは34か。



参ったなあ。



まあ、買って来た『あしたのジョー』と
『ゴルゴ13』と『サイバイバル』で
ここ1〜2日は凌いでくれ。

その先は退屈させねえから。

category 日本一のペンキ屋  |  2006年 10月 14日 07:49  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

人気サイトの法則性 その6

ようやく『ブログを本にする本』の改訂版が出来ました

ページ割が変わって、文字量が減るのかなと思ったら、
それは勘違いで増えてた。
流し込んでページ数が足らなくてびっくり。


まだ若干書き足したり削ったり。
1番コアな部分は丸ごと書き換えないとダメなんですけど、
とりあえず、一区切り。

この後は自力のDTPが待っているような・・・。



さてさて、今日はブログの人気サイトについて見てみたいと思います。

別に人気サイトの作り方をお伝えする気はありません。
でも、人気サイトには、良い本を作るのと同じ要素、
共通点がいくつもあります。
ブログをやっている皆さんには、
それをそのまま参考にして、自身のブログに役立てることも出来るし、
本創りの参考にも出来ます。



人気のあるサイトって、すごく単純ですぐに役立つことが沢山あります。


基本的なものをここに挙げてみましょう。




■記述の中に筆者その人なりの、言葉が溢れている。

これ1番大事ですね。
仕掛けとか仕組み以前。
ブログに限らず、何をやってもそうですが、
その人らしさって大事ですねえ。

ブログなんか個人ツールですから、
その人を気に入ってもらったら、こんなに良いことはありません。
その人らしい言葉って、ある意味言葉自体を超えちゃうしね。

これ大事。

飲食店でも「何か食べたい」とかよりも
「会いに来たよ」って言われたらスゴイじゃないですか。

これがイイです。



■記述に一貫性がある。

何でもイイから一貫性があるといいですね。
一貫性があると更新がまばらでも読む人が待ってくれたりします。
そこに行けば、その情報が手に入る。
それさえ分かってもらえれば、
人は余所に行かないもんですよ。

一貫性はある意味、信頼とも呼べますしね。

全体的に見て、安定感が生まれます。



■意外性がある。

これは上記の一貫性と矛盾するように
思われるかも知れないですけど、
テーマは一貫していて、内容に意外性があるのがベスト。

月並みなテーマでも内容に意外性があると面白いですね。


例えば、
飲食店でも定食屋ってのは安定感がありますね。
ある意味手堅い。
でも、出してる料理がフレンチをベースにした定食とかだったら意外かな。

新鮮なネタが売りの寿司屋。
でも、食券制とかね。
頼む時には入り口の券売機で券を買う。

面倒臭いかな。


同じく寿司屋。
スタッフが全員女性。
しかもみんなめちゃめちゃ元気がイイ!


昔、地元にあったJAZZ喫茶も良かったなあ。
最高級のオーディオを置きながら、いい音を聞かせない。
メニューはコーヒーとミックスジュースだけ。

コーヒーだけでもイイのに、
ミックスジュースが気になる。



意外性はちょっと難しいですね。
危うく奇をてらったことになりかねないから。

まあ、月並みなテーマも、書き方1つで
面白くなるよってことで。



■記述に抑揚がある。

これは他のものより難しいですね。

面白いことでも流れがないと、面白く感じないんです。
逆に普通のこと書いていても流れがあると、
腑に落ちたりしてね。

いわゆる物語黄金法則ですよ。

「起承転結」

これ当たり前過ぎて、改めて知ろうとすると難しいんですけど、
新人のお笑いコンビとか見てると参考になりますよ。

話の機微がないから、言ってることは面白くても
イマイチ笑えない。
上手い芸人さんは、流れに持って行くのが上手ですね。
突っ込みがイイとリズムで笑っちゃうでしょ。

ああ言う感じです。




まあ、簡単なことですけど、
結構見落としがちな所ですね。

文章を書く時に少し意識してみると
結構変わりますよ。

お試しあれ。

category ブログを本にするブロ  |  2006年 10月 12日 23:55  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

ブログはどう読まれているか? その5

2000万人もの訪問者を
ネットの世界に引っ張り込むブログは
一体どんな風に読まれているんでしょうか。


2000万人と言っても、ユーザーも含まれています。
ユーザーは書くだけではなく、
他の人の記述も読んでいることでしょう。

人は一体如何なる欲求を満たすべく
ブログを閲覧しているのでしょうか。
根拠のない所に行動は生まれません。
閲覧者は何某かを得られると思い、
夜毎にネットに参加しているのではないでしょうか。





大手調査会社2社が合同で1000人を対象に
ブログ閲覧に関して実施した調査結果です。


「他人のブログを読むことで
役に立つ情報が得られるか?」

と言う質問に




「得られる」と答えた人

63%  630人




「得られない」と答えた人

6.3%  63人




「どちらとも言えない」「無回答」

30.7%  307人






一時mixi中毒と騒がれたように、
「得られる」と答えた人の多くが
ある種の常用・習慣に基づいて、
ブログを情報源に活用していると思われます。

他の意見の人は、ブログの他に何らかの情報源を
持っているのではないでしょうか。


従来のメディアはそれこそお仕着せでした。


寂しさ紛れにテレビを着けていたのとは違います。
役立つ情報も役立たない情報も
ブラウン管を通して一方的にやって来ていました。

過半数を占める「得られる」と答えた人は、
個々人のアクセスルートを使い、
なるべく短い距離で自分の欲しいものに辿り着こうとします。

閲覧者の欲求をより多く満たしているサイトは
人気があるのでしょう。

category ブログを本にするブロ  |  2006年 10月 10日 08:08  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

歩く道をホウキで掃いてくれていた。

今日は『ブログを本にする本』の再構成をしていました。

昨日から続いているんだけど、
なかなか進まない。

元原稿はしっかりあるんだけど、
再構成とあって1から見直し。
どっかしっくり来てないんだな。
悪くはないと思うんだけど。



そんで夜からオヤジと下の弟ミツと会った。

双子の弟ダイは、彼が参加しているプロジェクトのために
島根に帰省中。
3人で居酒屋に行きました。




今、我が家が抱えてる問題について、
いろいろと議論した。
私はオヤジに甘えて言いたい放題。
甘えを承知で意見をぶつけてみた。

ちょっと言い過ぎたかなってのも思ったけど、
こう言うことを言えるから家族。
それを信じてみました。

でも、言い過ぎたかもなあ。



議論の中で、オヤジから親心の話が出て来た。

優しすぎるのは、オヤジのいい所でもあり良くない所でもある。




でも、あれ言われたのは正直参った。



「おかんにも良く言われる。俺は甘すぎるって。
でもなあ、そうせずにはおれんのが親だぞ。

お前等が歩く道を、ホウキで掃いたりしてなあ。」




いや〜、キツかったなあ。
それを言われると。



嘘だろって思うけど、やりかねん。オヤジ。

いつも愛されているの、分かるよ。


でも、ミツのことにしても
自立を促すには、あえて突き放すのも大事なんだって、
子を持たない私は生意気ながら思いました。



今日の意見は私の甘えです。
オヤジ殿、勘弁な。

category ブログを本にするブロ  |  2006年 10月 07日 23:13  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

ブログって何だろうね? その4

ブログの登録者については最初に触れました。

今年3月の時点で868万人が登録しています。
アクティブにブログを稼動させている人は、
実のところ、そう多くありません。

21のサービスサイトの統計で156万人が
定期的に更新しています。

まあ、ほとんどの人が持て余していると。
割合で言うと18%の人しか稼動させていないんですね。


登録はしてみたものの、
扱い方が分からない。
時間がない。更新が面倒臭いなどなど。
理由はいろいろありましょう。
必要性を感じないなんて声も聞こえてきそうですね。


仕組みは創りました。好きに使って下さい。
なるべく盛り上がるように使って下さい。
タダなんだから。

サービスサイトの言い分はそんな所でしょうかねえ。
私は研究を兼ねて、いろいろなサイトに登録してるけど、
いい加減なところも結構ありますねえ。


タダほど高いものはないっちゅーねん。
まあイイや。




さて、アクティブユーザーに朗報ですね。


利用者は上記の通り、18%です。
では閲覧者はどうか。


今年初めの調べなので、かなり変わって来ているとは思いますが、
ブログ・SNSの訪問者数は2000万人居ます。
もちろんユーザーとの重複分も踏まえてですが。
ブログのみの閲覧者数は1,686万人。
SNSのみが22万人です。
ブログもSNSも観る人は470万人。


すごいですね。
少し古い数字とは言え、アクティブユーザーの
10倍も人が見に来ている。

単純計算で、同等に分配して
1つのサイトに10人は割り当てられます。



と言うことはですよ、
1日に10人来ていれば、立派に成り立っていることになります。
アクセスアップとかランキングとか言ってますけど、
1位になる必要はないのではないでしょうか。

10人くれば御の字ですから。



楽しみながら文章を紡いで
日に10人くればいい感じ。

そう思うとちょっと楽でしょ。

競争するもんじゃないんですよね。
日記って。

category ブログを本にするブロ  |  2006年 10月 06日 19:33  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

騒音の中で眠る者は、静寂に目覚める。

明日以降、また「ブログを本にする」話を再開しますね。


ちょっと面白いこと、考えてます。


最近、相対性についてよく考えてるけど、
何でもその仕組みに、当てはまってるよね。


ちょっと例えがヘンだけど、
嘘から出た真(まこと)とか、
灯台、下暗しとかね。


知るってのは、知らないところから始まってるんだ。
解るとは、解らないところから始まる。

味わうとか言うけどね、
無味を感じられない人は
味わうことも出来ないんだなあ。

会わない時間が、会うことに意義を与える。


騒音の中で眠る者は、
静寂に目覚める。

category ブログを本にするブロ  |  2006年 10月 06日 01:00  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

面白いことを考えて、みんなを楽しくさせたいな。

タイトルはブルーハーツの歌詞なんだけどね、
いっつも笑かせたいとか思っちゃうよね。


笑いってイイよね。
もうそれだけで仲良くなったりしてね。


楽しいのは大事。
楽しいことって無条件に説得力があるしね、
何か納得しちゃうんだよね。

安心したり、心地良かったりして。
ある意味、愛かなあと思います。



いろいろ考えても、やること、出来ることなんか決まってんだ。
自分の中でね。


楽しいことしたい。



そうでしょ?


いろいろ思ったりもするけど、
いつでも笑える自分ってイイね。

category ブログを本にするブロ  |  2006年 10月 04日 00:43  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )

ブログって何なの? その3

「ブログを本にする本」のハイライトをお届けする
「ブログを本にする本」のブログです。

今回は本文からの転載。
書き筋がややかしこまっているのは、
書籍用に書いてるからです。了承してくださいね。


もっと本創りについて知りたい方は、
ブログ出版界の仙人、私の先生
両国のご隠居のページをどうぞ。
本創り、本の売り方の特集をしてるよ。


『ちょっと本を作ってます。』


***

本日は日本における、ブログ発展の背景について。
前回の発祥の地、アメリカの続きです。



日本では個人的要素をもって
ブログが現在のように隆盛して来ました。
その先駆けとして『2ちゃんねる』があります。
インターネット需要が拡大する中、
『2ちゃんねる』が担った役割は非常に大きいと言えます。
『2ちゃんねる』の存在そのものに対する
賛否の意見はあると思いますが、
匿名性を持って語られるスレッドを寛容に迎えた仕組みが、
あれだけの拡大を可能にしました。




日本人の根底には『和を以って尊しとなす』と言った、
優れた国民性が根付いてます。
その質の高い協調・調和精神は
他の国にも例を見ない優れた精神性です。

阪神大震災の時には、無秩序の状態にありながら、
暴動や犯罪が頻発することなく、
いち早く復興に向けた取り組みがなされました。
震災の事実よりもその民意の高さを
海外のメディアが取り上げたことが有名です。
今では廃れたと言われる『和』を重んじる心ですが、
表面的に表されていないだけで、
全ての国民に根付いているのは間違いないでしょう。



しかし反面、この日本人特有の精神は
『遠慮』と言う形をとって態度に表れたりします。
協調性がゆえの『遠慮』として、思ったことを言わなかったり、
欲した行動を取らなかったり、憚ったり恥じたり。
海外の人には誤解を受けて、横並びを好む民意として
受け止められたりしています。

そうすると、個々人の言い分と言うのは心に押し込まれて、
はけ口を探してしまいます。人知れず手記を綴ったり、
遠方の友人や家族に手紙をしたためたりする訳です。

その隠蔽された意思を解放すべく『2ちゃんねる』は
時代の代弁者として出現しました。
瞬く間に需要は拡大して、社会的な物議を醸し出すに至ります。







またブログが受け入れられた要素の1つに、
ハンドルネームがあります。
これは情報保護の立場から見ても必要なことなのですが、
その必要性よりも日本人に受け入れられたのは
『擬似感覚』にあります。
架空の誰かとして、ブログの世界に参加することが出来るのです。

歴史的に見ても将棋、囲碁、オセロなど、
現在のオンラインゲームを受け入れる地盤は、
日本には元々存在していました。
ブログもある意味ゲーム感覚です。
アクセス数を得点に置き換えるならば、
得点を獲得する要素は正に日本人好み。
おまけに架空の誰かになって(ハンドルネームを扱って)
書くことは、遠慮深いが故に、内側に秘めた想いを
告白するはけ口には向いています。


そして、サービスサイトが提供する自身の
ブログのアレンジメントツールは、
小手先が器用な日本人にとってのツボに当たります。
創意工夫は真骨頂。日毎にユーザーが拡大する直因でしょう。






アメリカにおいて、情報のオープンソースとして
時間と場所を選ばず、また個人的特定性に秀でた存在として
広がったブログ。

それに対して、日本では匿名性と擬似感覚による
本音のはけ口として。
全く対照的な需要を満たす意味で広がっています。
これからも多くの人が新規登録をし、
新たなユーザーとして参加することになるでしょう。
ブログ市場はまだまだ拡大することは間違いないです。



***

category ブログを本にするブロ  |  2006年 10月 03日 09:36  |  comments( 0 )  |  Trackback( 0 )